こんにちは、けんたびのけんたです。ボスニアヘルツェゴビナの首都サラエボを観光します。旧市街と新市街で全く違う街の雰囲気を持つ面白い街。一方、30年ほど前のボスニア紛争の跡がいまだ生々し残る街でもあります。歴史を振り返りつつ、街のおすすめの周り方、グルメスポットまで一気に紹介します。この記事は戦争に関する写真が掲載されています。センシティブな写真も掲載されていますので、読まれる方はご承知の上読み進めてください。
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サラエボの街について

サラエボは、ボスニアヘルツェゴビナの首都。首都と言っても割と小さな街という印象です。市内は旧市街と新市街に分かれ、旧市街はオスマン帝国の影響を受けた東洋的な木造建築様式、新市街はオーストリア=ハンガリー帝国の影響を受けた西洋的な建物が立ち並びます。そして、この街の面白いのは一本の道を挟んでその街並みが切り替わること。歩いていると突然街並みが切り替わるのがとても不思議な感覚になります。
今となっては穏やかで賑やかな雰囲気を感じられるサラエボの街ですが、数十年前まで悲惨な戦場になっていたり、第一次世界大戦の引き金となったサラエボ事件があったりと戦争の歴史がある街でもあります。街の紹介の前に少しそんな歴史を紹介したいと思います。
サラエボ事件
教科書にもでてくるサラエボ事件。ここに来るまですっかり忘れていました。簡単にいうと、あの人類史上最も血生臭い戦争、第一次世界大戦の引き金になった事件です。

時は1914年6月28日 このサラエボのラテン橋とよばれる美しい石造りの橋の隣で、オーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナンド夫妻がセルビア人青年ガブリロ・プリンツィプに暗殺された事件です。この事件を機に、オーストリア=ハンガリー帝国はセルビアに宣戦布告し、列強の同盟関係が連鎖した結果。第一次世界大戦勃発となりました。まさに、世界大戦の導火線となった事件でした。この跡、そのスポットについても紹介します。

ボスニア紛争とサラエボ包囲

ボスニア戦争は1991年のユーゴスラビア社会主義連邦共和国の崩壊後の混乱による紛争の一つです。ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言。国内には、ボシャニャク人(ムスリム系)とクロアチア系、セルビア系の民族が混在しており、独立に反対する勢力(ボスニア・セルビア人勢力)と、独立を指示する政府軍、さらにクロアチア系武装勢力が入り乱れた三つ巴の内戦状態となりました。民族浄化、虐殺、強制移住など深刻な人道犯罪が多発し、なんと犠牲者は10万人にものぼる大変な紛争となりました。
このボスニア紛争の中でも特に悲劇的であったとされるのが、このサラエボが包囲された戦い、「サラエボ包囲」です。1992年4月から1996年2月まで、ボスニア・セルビア人勢力がサラエボを完全に包囲し(サラエボはすり鉢上の形状をしています)、砲撃や狙撃であろうことか民間人を無差別に攻撃しました。

包囲は44ヶ月(3年8ヶ月)という長期に渡りました。これは、現代の戦争史上最長の首都包囲戦とされています。包囲されている市民は、食糧や医療品などが極端に不足し、長い年月の間地下室や避難所で生活を余儀なくされ、外を歩くたびに砲撃や狙撃に怯える生活を強いられました。44ヶ月の間に約1万人以上の民間人が犠牲となったようです。
そんな悲惨な歴史を持つサラエボ、街の中を歩くと戦争の傷跡が未だ色濃く残っています。自分はこの街に来てからこの悲劇的な歴史を知りましたが、知る前と知った後では街の風景がガラッと変わりました。それを踏まえてけんたび的おすすめの周り方をご紹介します。
おすすめの巡り方 ポイントは博物館

サラエボの街はこじんまりとしていて、1日あれば大抵のところを回れてしまいます。最初街に足を踏み位入れると旧市街は美しくも懐かしい街並みが広がり、人々がカフェや広場で賑わっている平和な風景に心癒されることでしょう。新市街は西欧風の凜とした建築物が広がり、教会など立派な建物が軒を連ね、その変わりように驚かされると思います。
ぜひ、まずはその平和な空気感を感じてください。そして、その後博物館などを通して歴史を知ることでその街の風景がガラッと変わって見えることと思います。
<おすすめのルート>
旧市街→新市街をまず軽く散策 → サラエボ事件博物館 → サラエボ包囲博物館 → ジェノサイド博物館 → (こどもと戦争博物館) → イエローフォートネス
です。1日か2日に分けても良いと思います。注意点は「サラエボ包囲博物館」と「ジェノサイド博物館」のあとは食事はしにくいです。ご注意ください。そして、この博物館を見るタイミングがポイントで、この博物館を早過ぎず、遅過ぎないタイミングで行くのがおすすめです。この博物館に行くことで、それまで見ていた街の様子が激変します。
サラエボ事件の事件現場とサラエボ博物館(map)

まずはこちら、サラエボ事件の現場です。ラテン橋の隣にその事件現場はあります。完全観光地になっているので、ひっきりなしにツアー客が訪れていますし、壁には当時の写真が大きく飾られているのですぐにわかります。事件現場には当時の暗殺犯の足型と、車が止まったところに印が描かれています。ここで記念撮影をするのが定番のようで、みなさん写真撮っています。
隣には、サラエボ博物館があります。ワンルームの小さい博物館ですが、当時の事件を再現したビデオ放送や、暗殺されたオーストリア=ハンガリー帝国の皇太子フランツ・フェルディナンド夫妻の等身大人形なんかがあり、サラエボ事件の理解を深めるにはいいと思います。料金は4マルク(2ユーロ)でした。



実は午前中に一度爆弾での暗殺が未遂に終わっています。セレモニーのためオープンカーで街を回っている際に爆弾を投げつけられ、ご夫妻が乗っている車の後ろの車で爆発、乗車していた兵士が怪我を負っています。今なら、その場で即刻セレモニーは中止になると思いますが、当時は市民に不安を与えないのが貴族の嗜みという考え方が主流だったらしく、セレモニーはそのまま続行されました。そしてあろうことか、式典が終わった午後に再度オープンカーで移動。夫妻が怪我をした兵士のお見舞いに行きたいという要望で車を走らせていたところ、運転手が道を間違えて停車した際に銃で暗殺されたそうです。今では考えられませんが、時代が違えば考え方も違うということなんだと思います。
サラエボ包囲博物館(map)

続いての博物館がこちら、サラエボ包囲博物館。先に述べたように遅過ぎず、早過ぎない中盤にいれることをおすすめします。博物館を見た後街の景色が激変します。チケットは、サラエボ包囲博物館とジェノサイド博物館の両方のチケットをセットで購入することができ、値段は35.5マルク(3,000円)ほどです。
その名の通り、サラエボ包囲に関する展示がされていますが、想像以上の惨劇だったことがよくわかります。映像資料や写真資料もありますが、かなり生々しくリアルに感じることができます。

サラエボをぐるっと包囲されてる地図などもあり、どんな風に戦闘が行われていたのか、そしてその時の生活がどれだけ過酷なものだったのかがわかります。一方で、映像資料では銃弾が飛び交う町の様子とその中にいる市民の映像が流れていますが、何ていうんだろう。過酷で悲惨であることは間違いないのですが、その中にある人間の適応力というのかな。なんか言葉にするとすごく表し難いのですが、確かにそこに生活があったというか、そういう戦争や暴力の悲劇と生活が混ざった感覚を私は感じました。
ただ、悲惨は悲惨です。スナイパーから民間人が撃たれるなんてこと、戦争倫理的にも異常な状態ですが、ほんとにそんな悲惨な戦い(ほんとは戦いですらないのかもしれない)、戦場が数十年前にあったことを知ることができます。

そして、映像資料を見ていて、当たり前なんだけど改めて驚くのが、まさにさっき歩いていた街であること。サラエボのまちは至る所に銃跡や砲撃の後(サラエボローズ)がありますが、今まさにいるこの街でこの映像は撮影されたこと、多くの人がなくなり血が流れた場所であることに衝撃を受けました。
一通り見終わると、ヘビーなのでふぅー。となります。印象的だったのは、最後にチケット売り場のお兄ちゃんが、本当にこころの底から、「来てくれてありがとう。見てくれてありがとう。知ってくれてありがとう」という雰囲気で送り出されたことです。お恥ずかしながらここに来るまでこんな悲劇があったことは知りませんでしたが、自分が生まれた同じ時代にこういう悲劇があるということを知らなくてはいけないと感じました。
ジェノサイド博物館(map)

つづいて、ジェノサイド博物館です。サラエボ包囲戦博物館から歩いてすぐに行けますので、続けて一緒に行ってしまうことをお勧めします。
サラエボ包囲戦の惨劇も合わせて伝えている博物館ですが、それと同時に起きた「スレブレニツァ虐殺(Srebrenica massacre)」についての展示がされています。
<スレブレニツァ虐殺>
1995年7月、国連の「安全地帯」に指定されていたボスニア東部スレブレニツァで、ボスニア・セルビア人勢力(セルビア人共和国軍)が町を制圧。避難していたボシュニャク人(ムスリム系住民)の男性・少年約8,000人が組織的に殺害されました。
ここもサラエボ包囲博物館と同じくらいヘビーな博物館です。広さこそれほど大きくはなく、5~6部屋くらいですが、映像資料や写真資料もあり、当時の悲劇を生々しく伝えています。セルビア系とか、ボシュニャク人とか、クロアチア系とかの単語が出てきますが、映像を見ていても全く違いは分かりません。みんな同じじゃんとか思ってしまいますが、その人たちが自分たちは何系だということで、殺す方と殺される方になってしまうという悲惨さが伝わってきます。


こちらの博物館にも射殺される瞬間の映像などもあり、かなりヘビーではありますが、今ある平和を理解する上でもぜひ訪れてほしい博物館です。
戦争の中のこども博物館(map)

博物館紹介の最後はこちら、戦争の中のこども博物館です。ここは前者二つの博物館とは異なる運営組織らしく、チケットは別売りです。戦争の中で生まれ育ったこどもたちの遺品や思い出の品が展示されています。前の二つの博物館に比べるとかなりマイルドですが、幼少期などこども時代を戦争の中で過ごした人の体験を知ることができます。

ただ、こちらは映像資料はインタビューの映像資料オンリーで、展示物とそのエピソードが英語で表記されているというスタイルです。自分の英語力でかろうじて理解できるので、優しい英語で説明されていると思うのですが、英語が苦手な人にはちょっとイマイチになってしまうかもしれません。または、google翻訳多用で向かう感じになります。なお、サラエボだけではなく、今現在も進行形のガザ地区戦闘に関するものなどもありました。

最後の図書コーナーでは日本語の訳本も置いてあり、それを読むことでサラエボの歴史とまさに体験した当事者の言葉(今、当時を振り返って)を見ることができます。
第三者から見ると、どうしても悲劇(いや悲劇は悲劇なんだけど)に目が行きがちですが、その中にあるそうではない部分も当事者の言葉からは見て取れるのかもしれません。たまには専門的性を出すと、 現象学的な視点を補完してくれるのかなとも思います。
こちらの博物館もぜひ行ってほしいですが、前者2つの博物館に対して優先度は下がるかなと思います。前者2つの博物館は個人的にはマストだと思います。
Gradska tržnica Markale / グラツカ トゥルジュニツァ マルカレ 市場 (map)

イエスの聖心大聖堂の隣にある市場です。割と賑わっているのと、ローカルな加工肉や蜂蜜、乳製品などが販売されていて楽しい市場です。何より加工肉が本当に美味しそうに見えます。長期滞在だったらちょっと買ってみようかなと思ったけど、今回は1泊だけなので見るだけで終わり。チーズとかは運が良ければ試食させてくれます。自分も一種類だけ試食させてもらいましたが、甘みが強くて今まで食べたことないチーズで美味しかったです。チーズとバターの合いの子、そこにほんの少し蜂蜜みたいな甘味がある上品なチーズでした。
ここでチーズと加工肉を買って、ホテルでビールやワイン飲みながらいっぱいやるのもオツです。
サラエボローズ
サラエボローズは、街中にある道路や広場にできた爆撃や砲撃による穴に、赤い樹脂やペイントで色をつけたものです。その赤い跡が薔薇のように見えることから、サラエボローズと呼ばれています。戦争の悲惨者や犠牲を忘れないようにするための慰霊の印で、街中の至る所で見ることができます。
永遠の炎 Eternal Flame (map)
1946年に、大日世界大戦で命を落とした市民・兵士の犠牲を忘れないようにという意味を込めて設置されたのがこちらの永遠の炎です。屋外にあるため時折、強風や雨で消えてしまうことがあるようですが、その度に市の管理者が再度点火するようです。

永遠に消えない炎ではなく、永遠に灯し続ける意志の炎ということのようです。
イエローフォートネス Yellow Fortress(map)
最後にご紹介するのがこちら。イエローフォートネス。市街地から数百mのところに位置しますが、展望が良いのでその分坂の傾斜は結構きついです。途中、大きな墓地もあります。この墓地も、市民の生活の場のすぐ横にあり、墓石が立ち並びなかなか圧巻です。

入場は無料で、一軒だけ小さいカフェがあります。展望もすごく良く街を一望することができます。自分は日中に行ってしまいましたが、サンセットの時間に行くのも綺麗だと思います。

そして、ここを最後に持ってきた理由はここに来ると今度は包囲していた側の視点に立てるからです。ここから狙撃や砲撃を街に向けて行っていたことを考えると、狙われた方はたまったものではないなと感じます。歴史に思い馳せる場所としても訪れる価値はあると思いました。ただ、ちょっとした広場になっているだけなので、過ごし方にもよりますが、割とすぐに終わります。
グルメ情報 おすすめのレストラン
サラエボの最後にグルメ情報お届けします。自分が食べて良かったお店を紹介します。
Bakehouse Edin / ベイクハウス エディン(map)
サラエボで一番おすすめしたいのがここ。旧市街地のセビリの近くにあるベーカリー屋さんです。伝統的なミートパイが美味しくて、安くて、ボリュームがあったので何回か利用させてもらいました。

一番高いミートパイでも2ユーロで360円くらい。ジャムパイなんかはもっと安くて気軽に立ち寄りやすいです。そして、このミートパイがなかなか美味しい。塩っけがちょうどよくジューシーで肉汁がジュワッと広がります。出発直前にも最後に食べようと思ったのですが、残念ながらここはキャッシュオンリーということで、買えず。その点だけちょっと注意が必要です。
Ćevabdžinica Željo 3 / チェヴァブジニツァ・ジェリョ 3(map)

こちらは伝統料理チェヴァプチチの専門店です。観光客にも人気のようで、youtubeなんかでも紹介されているようです。棒状に形成されたお肉と玉ねぎをパンに挟んで食べます。料金は5個で7マルク(610円くらい)、10個だと倍の14マルク(1200円くらい)です。5個だとちょっと物足りないけど、これに14マルクはちょっと勿体無いなという感じでした。
味わいも美味しいけど、めちゃくちゃ美味しいというわけではなく、伝統料理らしいし記念に食べとこうかくらいのノリで良いと思います(笑 味に対してちょっと人気すぎるような印象を抱いてしまいました。ちょっと辛口ですみません。旧市街地の入り口から近いので、最初に食べるのがいいと思います。
Sedef / セデフ (map)

他のブログでも紹介されていたこちらのお店。ボスニアヘルツェゴビナの伝統料理をいただけます。おすすめを聞いたら伝統料理盛り合わせがおすすめということで、そちらを注文。24マルク(2200円)でした。数年前のブログには12マルクと書かれていたので、現在値段は倍になっているようです(笑

どれも美味しかったですが、自分はミートボールが一番好きでした。ミートボールって見た目的にはどれも変わらないし、味もそこそこっていうのが定番の料理だと思うのですが(笑 ここのミートボールマジで美味しかった。弾力といい肉の香りといい、今まで食べてきたミートボールの中でダントツ一位!


残念なのは盛り合わせなので、ミートボールはなんと一個。。。次来たらミートボールだけ注文すると思います。

サラエボコーヒー Aksaraj / アクサライ(map)

最後に紹介するのがこちら、サラエボコーヒー。トルココーヒーの一種でジェズベに材料を入れて煮出したコーヒーになります。トルココーヒーと違うのは、トルココーヒーが最初に水やコーヒー、時にスパイスを入れて水からお湯にする過程で煮出すのに対して、サラエボコーヒーはお湯になった後にコーヒーの粉を入れるところです。その結果、トルココーヒーよりは抽出が軽やかになります(それでもダイレクトに入れてるから重いコーヒーだけど)。
また、中東のコーヒーや一部のトルココーヒーのようにスパイスを加えないため、そういったコーヒを飲み慣れていない人にも飲みやすいコーヒーです。
とはいえ、細かく挽いた粉をダイレクトに抽出しているので、濃いは濃いです。一緒に出された角砂糖をかじりながら飲むのがサラエボ流らしいですよ!
まとめ
サラエボの街巡りの紹介でした。1日とちょっとで回ったとは思えないほど濃くて、学びの多い街巡りでした。旧市街と新市街の街並みの変化に、戦争の歴史を学んだ後の街並みの変化。うーん。なかなか考えさせられる街でした。
長い記事になってしまいましたが、最後まで読んでいただいた皆様ありがとうございました。お〜!となった方は、ぜひブログ村のアイコンをクリックして応援お願いします! 質問なども大歓迎ですので、コメントもお待ちしています。
それでは、Have a nice day!


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